本社を移転する企業が増えている背景|地方や都市部に移転するメリットや課題を解説
オフィス移転
日本のビジネス機能は、首都圏に集中しているのが現状です。地方では人口減少や経済の衰退が一層進んでおり、首都圏以外にビジネスの選択肢を広げることが重要になります。
国は首都圏への一極集中を避けるために、地方への本社移転を推進しています。国や自治体では地方移転の推進に向けて、補助金や支援策を用意するようになりました。このような状況を受け、近年は本社または本社機能の一部を地方に移転する企業が増えています。
本社移転を検討している場合は、現状や移転するメリット・課題などを把握しておくことも大切です。そこでこの記事では、本社移転の現状や移転するメリット・課題などを解説します。
目次
【最新版】企業における本社移転の現状
まずは、企業における本社移転の現状を確認しておきましょう。本社移転のパターンには、以下の四種類あります。
- 大都市→大都市
- 大都市→郊外
- 郊外→大都市
- 郊外→郊外
「大都市」とは、政令指定都市および東京都特別区部です。2024年現在では、20の都市が政令指定都市に指定されています。ここからは株式会社東京商工リサーチの「本社機能移転状況調査」をもとに、本社移転の現状を解説します。
◾️本社または本社機能を移転した企業は10万社超
株式会社東京商工リサーチの「本社機能移転状況調査」によると、2020~2023年に本社または本社機能を移転した企業が10万5,367社だったことがわかっています。2017~2020年比60.5%増で、コロナ禍前後で大幅に増加しています。
2020~2023年に本社または本社機能を「大都市→大都市」に移転した企業は、51,237社でした。この期間に移転した企業数は、2017~2020年比70.9%増です。「大都市→郊外」に移転した企業は18,427社で、2017~2020年比の76.1%増でした。
一方で「郊外→大都市」に移転した企業は、「大都市→郊外」または「大都市→大都市」よりも少ない傾向にあります。郊外→大都市に移転した企業はコロナ禍前より上回っているものの、14,103社に留まり、全体の構成比で見ると2017~2020年よりも微減しています。
◾️10産業すべてが転出超過
2020~2023年の大都市における企業移転は、10産業すべてで転出超過だったことがわかっています。コロナ禍前の2017~2020年は、建設業・不動産業・情報通信業のみ転出超過でした。
一方で、コロナ禍以降は業種を問わず転出傾向にあります。多くの業種の転出率が高い理由は、新型コロナウイルス感染症の拡大が大きく関係しています。この時期は人との接触を極力避けるため、テレワークが推進されました。コロナ禍で新たな働き方が定着した結果、企業の転出を加速させたと考えられます。
一方で転出超過率は、業種によって差があるのが現状です。農・林・漁・鉱業と運輸業はテレワークなどの働き方が定着しづらいため、転出超過率は縮小傾向にあります。
◾️転入超過率は従業員数が多いほど高い
株式会社東京商工リサーチの調査では、企業の従業員数が転出入率に影響を及ぼすことが浮き彫りになりました。従業員別の転入超過率は、従業員300人以上の38.0%が最も高いことがわかっています。
従業員50人以上300人未満の企業の転入超過率は14.0%で、従業員300人以上の企業とともに転入超過となりました。従業員数が多いほど転入超過率が高い理由は、大都市ならではのメリットがあるためです。
大都市では、郊外にはない高機能なオフィスが増えています。特に対面重視の企業では、圧倒的に利便性が高い大都市の方がビジネスを有利に進められます。業績や生産性向上を重視した結果、規模が大きい企業の転入率が増えていると考えられます。
本社を移転する企業が増えている背景
近年は、本社を移転する企業が増えています。背景にある働き方改革やブランディングなどについて、詳しく解説します。
◾️働き方改革を推進するため
2018年6月29日に働き方改革関連法が成立し、2019年4月1日から順次施行されています。働き方改革の目的は、働く人の生活の質向上です。国の推進を受け、企業には長時間労働の是正や有給休暇の一定日数の取得などが求められています。
また、近年はデジタル技術の発展により、オフィス以外でも働ける環境を整備できるようになりました。多様な働き方が求められている中、従業員が働きやすい環境を整備するために、本社を移転する企業が増えた背景もあるでしょう。
例えば本社を交通の便が良いエリアに移転すれば、従業員は通勤時間を短縮しやすく、通勤ストレスの解消が期待できます。労働環境を整備することは、生産性の向上だけでなく、従業員の職場に対する満足度の向上にもつながります。
◾️ブランドイメージを向上させるため
本社を移転する企業が増えている背景には、ブランドイメージを向上させたいという企業の狙いがあります。企業のブランドイメージは、都市部と地方のどちらに移転する場合でも向上できる可能性があります。
例えば、都市部は国内のビジネス機能が集中しているエリアです。都市部には大手を中心に多くの企業や専門家が集まるため、業界の認知度とともに社会的信用性を高められるでしょう。
一方で地方には、地元の農産物や観光を活性化させたいという自治体も少なくありません。本社を地方に移転すると、新たな地域社会との協力や交流の機会が増え、地域活性化をサポートする企業というイメージを持ってもらえる可能性があります。
【地方移転】本社を移転するメリット・課題
移転を検討している企業にとっては、地方か都市部かで判断に迷う部分も多いかもしれません。本社の移転先は、地方と都市部それぞれにメリットと課題があります。それぞれを把握し、自社に合った移転先を決めるようにしましょう。
まずは、本社を地方に移転するメリットと課題をご紹介します。
◾️メリット
企業が地方に移転するメリットは、次のとおりです。
- ランニングコストを削減できる
- BCP対策を強化できる
- 従業員のワーク・ライフ・バランスの向上につながる
地方は、都市部に比べて同じ広さのオフィスを借りるとしても家賃が安い傾向にあります。都市部の有名なエリアでは家賃が大きな負担となり、経営を圧迫しかねません。一方で本社を地方に移転する場合、同じ広さのオフィスでも都市部に比べて安く借りることが可能です。
地方は都市部に比べて公共交通機関が発達していないため、車通勤が必要になるケースもあります。しかし、都市部に比べて駐車場も安く借りられることから、交通費の負担も軽減できるでしょう。
また、地方への移転は、BCP対策の一環にもなります。別のエリアにあるオフィスが災害によってダメージを受けても、地方に本部機能を分散させることで事業を継続できる可能性があります。
人口の集中する都市部では、満員電車での通勤にストレスを抱える従業員も少なくありませんが、地方に移転することでストレスの緩和につながります。通勤時の負担がおさえられれば業務の生産性が向上する可能性も考えられます。
BCP対策についてはこちらの記事もご参考ください。
BCP対策とはなにか基本から解説|6つのステップで策定・運用しよう
◾️課題
企業が地方に移転する課題は、次のとおりです。
- 対面での営業活動の継続が難しくなる
- 人材確保のハードルが高くなる
- 流通に時間がかかりやすい
本社または本社機能の一部を地方に移転すると、都市部の取引先と物理的な距離が生まれるため、従来のような営業活動が難しくなる可能性があります。対面での打ち合わせで新幹線や飛行機を利用する場合、交通費や宿泊費が高額になるでしょう。
近年は少子高齢化により、日本の労働人口は減少し続けています。都市部でも新たな人材の獲得が難航しやすい状況の中、地方は都市部よりも人口が少ないため、さらに人材の確保が難しくなる可能性があります。
また、都市部は流通網が整備されているため、急ぎで備品や設備が必要になっても、すぐに手に入りやすいでしょう。一方、地方では流通網が都市部ほど発達していないところもあり、備品や設備を手に入れるまでに時間がかかることも珍しくありません。
【都市部移転】本社を移転するメリット・課題
地方に移転する企業が増えている中、都市部への移転を決断する企業もあります。都市部への移転は、地方への移転にはないさまざまなメリットがあります。一方で課題もあるため、都市部に移転する場合はそれをカバーできる対策の検討も必要です。
◾️メリット
本社を都市部に移転するメリットは、次のとおりです。
- 企業ブランドの向上が期待できる
- ビジネスチャンスが広がる
- 利便性が向上する
都市部には、高度な都市機能が集中しています。本社を一等地や有名エリアに移転することで、社会的信用性が高まり、企業ブランドの向上が期待できます。また、都市部には多くの人が集まるため、地方よりも人口が多く、市場規模が大きい傾向にあります。
また、人口の多い都市部に移転すれば潜在的な顧客に出会える機会が増え、ビジネスチャンスの拡大にもつながるでしょう。大手企業の多くは、都市部に本社を構えています。
地方移転の加速化を受け、都市部以外に本社を構えていても、都市部に支店を設けている企業がほとんどです。地方に比べて交通網も発達しているため、都市部に移転すれば同業者や取引先とのコミュニケーションがとりやすくなるでしょう。
◾️課題
本社を都市部に移転する課題は、次のとおりです。
- 家賃が高い傾向にある
- すぐに移転先が見つかるとは限らない
都市部に移転する大きな課題は、物価が高いことです。都市部の物価は地方に比べて高いため、オフィスの家賃も高額になりがちです。本社または本社機能の一部を都市部に移転した場合、家賃が大きな負担となり、経営を圧迫する可能性があります。
また、立地や家賃など条件が良いオフィスは、他企業にとっても魅力的です。人気が高い理想的なオフィスを見つけても、人気物件はすぐに成約済みになることも多く、思うように物件が決まらないケースも少なくありません。
都市部に移転する際には、理想のオフィス像から妥協せざるを得ない条件が増えることもあります。都市部でオフィスを見つけるときには、物件に求める条件に優先順位をつけ、方針を明確にしておくことが大切です。
本社を移転する際の流れと必要な手続き
企業が本社を移転する際には、基本的な流れと必要な手続きを把握しておくことも大切です。
◾️本社移転の基本的な流れ
本社移転の基本的な流れは、次のとおりです。
- 移転計画の立案
- 移転先の選定・旧オフィスの解約
- レイアウトの決定
- 各種業者手配・備品関係の発注
- 引越し・原状回復工事
- 各種申請書類の提出・取引先への連絡
- 移転完了
移転の基本的な流れは、地方と都市部でほとんど変わりません。まずは自社でプロジェクトを立ち上げ、移転計画を立てましょう。移転計画を立てる際には目的を設定し、いつまでにどのような作業が必要かを明らかにします。
移転計画の策定後は移転先を選定し、旧オフィスを解約します。解約予告のタイミングは契約書に記載されているため、期日までに遅れないように注意しましょう。
移転先のレイアウトを決める際には、オフィスデザインの実績が豊富な業者に依頼すると、自社の要望に沿ったプランを提案してくれるでしょう。レイアウトを決めた後は各業者を手配し、オフィス家具をはじめとする備品の発注をします。
移転先の工事が完了したら引越しをして、旧オフィスの原状回復工事を実施します。移転前後には、必要な手続きを済ませましょう。
なお、オフィス移転までのスケジュールの詳細は、こちらの記事で詳しく解説しています。
◾️住所変更における手続き
本社を移転する際には所在地が変わるため、住所変更に関する手続きが必要です。住所変更の届出先は、次のとおりです。
- 年金事務所
- 労働基準監督署
- 公共職業安定所
- 法務局
- 税務署
- 消防署
- 郵便局
- 警察署
- 金融機関
- 自治体
必要な書類は、届出先によって異なります。また、届出先によっては提出期限が定められているため、遅れないように注意が必要です。なお、法人の住所変更に伴う手続きの詳細は、こちらの記事で紹介しているので、ぜひチェックしてみてください。
法人の住所変更に伴う手続き|必要書類から申請期限まで詳しく解説【司法書士監修】
◾️本社移転における総務タスク
企業が本社を移転する場合、さまざまな作業や手続きが必要です。移転に伴う作業や手続きの多くは、総務が担当するケースがほとんどです。移転前後には、次のような総務タスクがあります。
時期 | おもな総務タスク |
移転前 |
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移転後 |
|
スムーズに移転を完了するためにも、移転前から移転後のタスクを事前に確認しておくようにしましょう。こちらの記事では、オフィス移転における総務タスクを詳しく紹介しているので、総務担当者はぜひ参考にしてください。
本社移転に成功した企業の事例
自社の移転を成功させるためには、成功した企業の事例を参考にするのも手段の一つです。ここからは本社移転に成功した企業の事例から、どのような企業が成功しているのか確認してみてください。
◾️【都市部→地方】地方移転のモデルケースとなった事例
近年は、多くの企業が都市部から地方に移転しています。今では珍しくなくなった都市部から地方への移転ですが、早い段階で本社機能の一部を地方に移転し、モデルケースとなった企業があります。
地方には、労働人口の減少や人口流出といった地方ならではの課題があるのが現状です。企業が地方に本社を移転することで、地方が抱える課題の解消につながる可能性があります。
地方移転のモデルケースとなった企業では、プロジェクト開始3カ月で120人の従業員が地方に移住しました。その結果、地方環境を活かした雇用創出にもつながっています。本社を地方に移転したことで、社会的な認知度も上がり、地方移転のモデルケースとなりました。
◾️【都市部→地方】サテライトオフィスを開設した事例
都市部から地方に移転した企業のなかには、本来の目的以外のさまざまな効果を得られたケースもあります。その企業では、Webサイトの保守を事業として手がけていました。しかし、都市部から離れた場所に拠点を持つことでBCP対策となり、顧客へのアピールポイントになると考え、地方への移転を決断しました。
また、同社では人材確保を経営課題に抱えていました。そこで求人募集のエリアを都市部から地方に変えた結果、地方で3人の採用が実現し、サテライトオフィスの開設に至ったという経緯があります。
行政とも連携し、拠点を開設する前から地域における自社の認知度を上げるための活動を開始しています。地域には高齢者のスマホ対応に課題があるため、ボランティアで高齢者向けスマホ講座も実施しました。将来的には、現地での新卒採用も計画されています。
◾️【地方→都市部】働き方改革の一環として移転した事例
地方から都市部に本社を移転した結果、理想とするワークスタイルを実現した企業もあります。この企業では、従業員の働き方改革を進めてきました。移転のきっかけとなったのは、働き方改革の再構築です。
前オフィスのフロアは複数に分かれており、従業員同士のコミュニケーションがとりづらい課題がありました。そこでワンフロアオフィスを実現するために、地方から都市部へ移転する決断に至っています。
事前に従業員にヒアリングしたところ、通勤ルートを極力変更したくないとの要望がありました。従業員のニーズを反映させるために、前オフィスの沿線に近いエリアを選んだ結果、理想的なワークスタイルを実現しました。
本社を地方に移転する際に活用できる支援策
国は首都圏への一極集中を避けるために、地方への本社移転を推進しています。しかし、本社を移転する際には、高額な費用が必要です。地方への移転に伴う費用を軽減するために、内閣府ではさまざまな支援策を用意しています。
◾️【情報支援・相談対応】地方創生テレワーク推進事業
地方創生テレワーク推進事業は「地方創生テレワーク」の実施にあたり、経営層や社内への理解促進、取り組み推進に活用可能な支援策です。地方への移転や従業員の移住を伴う「地方創生テレワーク」の導入に向けて、次のようなサポートを受けられます。
- サテライトオフィスの利用
- 社内制度の整備に関する相談
- セミナーの開催 など
近年は情報通信技術を活用し、時間や場所を有効活用できる柔軟な働き方としてテレワークが注目されています。テレワークが広がることで、これまでと同じ仕事を別の場所でできるようになります。
※出典元:内閣府「地方創生テレワーク推進事業」
◾️【補助金】地方創生移住支援事業
地方創生移住支援事業は東京でテレワークを続けながら、自らの意思で移住する際に活用できる支援策です。移住直前の10年間で通算5年以上かつ直近1年以上、東京23区内に在住または通勤する人を対象としています。
移住先は、東京圏以外の道府県または東京圏の条件不利地域に限られます。東京圏の条件不利地域には、過疎地域の持続的発展の支援に関する特別措置法・山村振興法・離島振興法・半島振興法・小笠原諸島振興開発特別措置法の対象となるエリアが含まれます。
地方創生移住支援事業を活用し、支援金を受け取るためには、移住して就業した後、移住先の市町村に申請する必要があります。支援金の申請には、いくつか要件があります。詳しくは、内閣府の「地方創生移住支援事業」の公式サイトでご確認ください。
※出典元:内閣府「地方創生移住支援事業」
◾️【税制】地方拠点強化税制
地方拠点強化税制は企業が本社を移転または拡充するときに、法人税の減税等の優遇措置を活用できる税制です。具体的には特定業務施設を整備する計画を知事の認定を受けた企業に対し、課税の特例や税額控除の特別措置が講じられます。
対象となる特定業務施設とは、事務所・研究所・研修所です。減税の種類には、オフィス税制と雇用促進税制の2種類が設けられています。オフィス税制は、建物の取得価額に対する減税です。
一方の雇用促進税制は、従業員の増加に対する減税です。移転のタイプによって拡充型と移転型に分かれており、それぞれ異なる優遇措置が適用されます。詳しくは、内閣府の「地方拠点強化税制」の公式サイトでご確認ください。
※出典元:内閣府「地方拠点強化税制」
まとめ:本社を移転して自社の課題を解消しよう
近年は、本社または本社機能の一部を移転する企業が増えています。企業が本社を移転すると、働き方改革やブランディングなどのさまざまな効果が期待できるためです。また、企業が本社を移転することにより、自社の課題を解消できる可能性があります。
例えば地方から市場規模が大きい都市部に移転すれば、認知度が高まり、ビジネスチャンスの拡大につながりやすくなります。地方にサテライトオフィスを開設することで、従業員により柔軟な働き方を提供できるようになるでしょう。
本社を移転する際には、オフィス環境を整備することも大切です。働きやすく快適なオフィスを作ることで、従業員の満足度も高められます。
本社の移転に伴い、オフィスを整備する際には、ぜひアイリスチトセにご相談ください。