【インタビュー】建築エスノグラファー「リアルな場の価値を最大化させる空間づくりと、持続可能な組織デザインとは」(前編)

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【インタビュー】建築エスノグラファー「リアルな場の価値を最大化させる空間づくりと、持続可能な組織デザインとは」(前編)

現在、建築エスノグラファーとしてUnknown Meets Ethnographyの代表を務める梅中 美緒さん。

株式会社日建設計に在籍時、三井不動産株式会社が手掛けるシェアオフィス「ワークスタイリング」の空間ディレクターとして同事業の立ち上げから携わり、「日本で一番リモートワークするサラリーマンになる。」を実現すべく、世界中を旅しながら働くという実証実験を実施。

ユニークなワークスタイルで活躍されている梅中 美緒さんに、アフターコロナの時代における「働く」と「暮らす」の関係や、リアルな場の価値について伺います。

建築エスノグラファーとしてのリサーチ活動

本日はよろしくお願いいたします。

まず初めに、建築エスノグラファーという職種はどういったお仕事になるのでしょうか?

組織や、チーム、集団、地域など、そういった人達のなかで隠れている、潜在している特徴的な文化、風習など、その人たちらしさというものをリサーチしてあぶり出し、顕在化し、それを構造化していくというのが私の仕事です。

エスノグラフィーとは、もともとギリシャ語のエスノ(ethnos):民族と、グラフィ(graphein):誌学(調査して記述する)という語源から来ています。

例えばある企業が新しい建築をつくりたい、工場を建て替えたい、イノベーションセンターをつくりたいとなった時に、どんな「場」をつくっていくべきなのかをご提案するというのが一連の仕事なのですが、画一的な発想で提案するのではなくて、実際のエンドユーザーとなる方々の行動ないし特徴的な文化を把握して、潜在しているものを顕在化、構造化してそれを記述することで、その企業に適した建築をつくることです。

同じ業界の結構似たような会社に見えても、風習や大切にしているものなどは異なります。そういった意味で全く同じ組織はひとつとしてないと考えていて、企業ごとのらしさを抽出してからものに落とさなければ、どこかで見たことがあるコピー&ペーストのような、「表層的になんとなくおしゃれなオフィス」になってしまうんです。

ありがとうございます。

エスノグラファーという働き方はずっと継続してらっしゃるのでしょうか?

実は「君がやっていることはエスノグラフィーだよ。」と言われたのは、前職でNikken Activity Design labNAD)というところに所属していたときの当時の室長です。

たしかに学生時代から方丈記をテーマに文章から空間を立ち上げるために、鴨長明が最後に住んだといわれる岩場にいって実測したりもしていましたし、日建設計に入社して初めて担当したのが音楽大学だったのですが、全国の音楽大学のオープンキャンパスに参加してレッスン室の空調方式や、天井高はどれくらいなのかなど調べていました。

私としてはこれらのリサーチは建築設計をする上では普通にやるものだと思っていたし、結構それが好きっていうのと、そもそもそうしないと手が動かないんです。

私はアーティスト(建築家、彫刻家)でもないですし、何もないところから感性で造形をつくる人間でもないので、やはりそこに行ってそこの生活者などに溶け込んで、エンドユーザーに憑依したり、想定されるユーザーのアバターのようなものを自分の中に作ってから空間を描いていかないと設計ができない。

前職の日建設計では上司や先輩、同僚も皆高い技術や知識を持っている中で、ちんちくりんの私が、「これカッコイイでしょ。」とロジック無しに提案したとしても、そんな意見は通るわけがない。実際に自分の目で見てきたものや実体験で血肉化した情報をもって提案しないと、まるで役に立ちませんでした。

自身の中で腑に落ちる、確実なものにしないとアウトプットができないということですね。

そうです。それに言葉に説得力が生まれないといいますか、私の中でそういうものがベースにあったので、お仕事をするときに少し厚めのリサーチをするというのはずっと行っていました。

そしてNADへ部署異動となったタイミングが、ちょうど三井不動産がワークスタイリング事業を立ち上げたくらいのときでして、同事業の空間ディレクターとして「日本で一番リモートワークをしているサラリーマンになろう。」と決めたんです。

そこが海外に渡航するきっかけだったのですね。

そうですね。それより以前から半年くらい休んで南米に行きたかったという気持ちもあったので、物は言いようかもしれませんが(笑)

空気に溶け込み観測器のようにインプットし続ける

梅中さんは海外生活の中で、どのようなインプットをしようと心がけていて、それをアウトプットにどうつなげようとしていたのでしょうか?

どの国で見たものがどの空間に落ちているのかという質問はよくされるのですが、一対一で対にはなっていません。        

そこでは生活者として暮らして観測器みたいな状態で情報を得て、それを自分のなかでつなげて編集して様々なところに様々な形で実装しているような感覚です。

ということは、「こういうアウトプットするためにこれをインプットしよう。」というわけではなくて、大量にインプットし続けて、アウトプットは自分の中に蓄積した要素を掛け合わせて出しているのですね。

そうですね。私が担当を始めた時のワークスタイリングは、20拠点くらいを同時につくっていた時期でもあったので、特にどのインプットがどのアウトプットになったというのはなく。

「このためにこれをインプットしよう。」というような予定調和的なインプットだと質の良い情報は取れなくて、例えばよく見られるのが「視察」という行為なんですが、目的地を予め決めて若手がスケジュール組んでアポとって、アテンドつけて通訳つけて、ランチはどこを予約してお客さんをここにタクシーで連れて行って、と、あの一連の行為は結局お膳立てたレールに乗っている、要は予定調和で想定内のインプットでしかない。

確かに「これは新しい素材だ」、「この照明かっこいいな」という機能的なインプットはありますが、本質的なものは得られないと思っています。

特定のものを得ようと意識するとその範囲しか見られない。分かる気がします。

もっと言うと見られている、観察されていると意識してしまうとかっこつけてしまったりとか、普段の生活ではない状態になってしまったりするじゃないですか。

溶けこまないと観察対象者にポージングされてしまうので、そこの空気に溶け込んで肌で感じることを意識していました。

インプットが多い人ほどアウトプットの幅が広い印象があります。それだけ引き出しがたくさんあって上手く組み合わせて出せているということなのでしょうね。

量は多いですね。枯渇するのが怖かったので。自分のなかで血肉化している情報でないと手が動かないのです。

今ワークスタイリングが150拠点ほどあるのですが、全拠点でコンセプトが異なります。

例えばここ八重洲の拠点と品川の拠点では同じ新幹線の駅だとしても周りにいる企業も違うし、ワーカーの質も違う。そこに駅からの距離とかでターミナル駅の途中で降りてくるのか、そこを目的にくるのか、お客さんを連れてくるのか…そのお客さんはクライアントかもしれないしパートナーやメーカーかもしれないし、メーカーでもどのようなものをつくるメーカーなのか、そこを見て場をつくらないと生きたものにはならないと思っていて。

その為にもインプットの量が枯渇しちゃうみたいなことをすごく恐れていました。

そういう意味でいろんなところに飛び込んで自分の中に蓄えていたのですね。

ワークスタイリング事業をスタートした2016年時点の、大企業のサラリーマンがオフィスを共有するなんて考えは世の中にほとんどなかった時代に、オフィスにしばられているサラリーマン建築士がつくるシェアオフィスに行きたいか?という話。少なくとも私は行きたいと思いません。

ワークスタイルをセレクトできる空間へ

非常に共感できます。

少し話が変わるのですが、いろんな国を旅されて体験された梅中さんだからこそ、例えば日本の働く環境でここが足りない、もっとこうした方がいいのでは、そういったものはありますでしょうか?

前提として占い師ではないので、こうなるよとは言えませんが、働き方改革が話題になりはじめた201819年頃、みんな生産性に方程式があると思っていたのですが、答えとして方程式はありませんでした。

私の回答としては、その人たち“らしさ”がものづくりの前提にないと、生産性とかクリエイティビティを計測するにあたり何を数値化するのかというのが企業によって違うので、あなたたちは何者なのかという前提に立たないと、目指すべき方向は一切提示できないと考えています。

日本という大きなくくりではなく、より細分化した場所や時代のそれぞれにフィットする方法でアプローチすべきということですね。

そうですね。例えばここワークスタイリング東京ミッドタウン八重洲はアフターコロナ初の旗艦拠点でして、ここのコンセプトを考える際に色んなテーマエキスパートさん、ヘビーユーザーさんにインタビューしたのですが、そのときにショックを受けた、というかびっくりしたのが、「今までのワークスタイリングは、中高年男性寄りになっているよね。」と言われたこと。

コンシェルジュやコミュニティマネージャーさんも全員女性で、異性からのおもてなしを無意識のうちに提供している。ダイバーシティやインクルージョンの観点からすると、ほんとは男性コンシェルジュもいなければいけないと思うんです。

世の中の流れを踏襲してワークスタイリングの向かうべき方向性を考えると、もちろん空間の提案も行いますが、それだけでは完成しない部分がたくさんある。そういう意味で男性コンシェルジュがいるというのは今の時代において考えなければならないという話はしていましたね。でも今日見ていてスーツを着用している人はかなり減ったなと思いました。皆さん結構素の状態でいらっしゃっているなあと感じました。

それは意図していたものですか?                                                         

ワーカーが変化したのだと思います。「ランニングしてから行こう」とか「ジムに寄って帰ろう」とか…働くに対する固定概念が消えたんでしょうね。今はタブレットで仕事する人もかなり増えてきて、そうすると机の上ではなく膝の上に置いた体勢で仕事をする。服装やガジェットなどによって、望まれる姿勢や椅子も多様化してきていて変わってきているのを感じます。

空間コンセプトの考え方としては、それぞれが好きな場所で仕事してくださいという形なのか、それとも全ての人が使いやすいような空間にしたいという方向なのでしょうか?

当初はペルソナ立てをしていました。30代アウトドア好き女子、40代営業ばりばり体育会系おじさんとか、20代自分探しSEなど、いろんなペルソナを立てて、営業はタッチダウンで使うかなとか、お客さんを連れてきて、ブレストでこんな部屋使うかなとか、こういう人に対してはこの場所、というのを割り振っていました。そして想像した通り、最初の1年くらいはタッチダウンエリアには営業マンばかりでした。

ところが時間の経過とともに色んな変化が見えてきて、インタビューやユーザーさんの観察を通して、それぞれ好きな席、好きな部屋があり、例えば0→1の仕事をやるときはあの拠点のあの席じゃないと捗らない、という人が現れてきた。

そこで徐々に自分のワークの合間に効率性を重視してワークスタイリングに来るのではなく、この仕事をするときはここのワークスタイリングに行くぞというような働き方になってきたことに気付いたんです。

その人の気分やモードに応じて場所が選ばれているなということが見えてきたので、多くの人に選んでもらえるようにバリエーションをつくっていきました。あまりペルソナ立ててというよりは、その人その人が好きに選べる、ワークをスタイリングするように、自分は何が好きで、何をしたら喜ぶのかを知ってもらって、自らセレクトできるというつくり方にチューニングしていきました。

「こういうことをする人もいるだろうな」であるとか、「こういう使い方もあるだろうな」というものの集合体のような考え方ですか。

そうです。稼働率がいい拠点の人気の部屋や席をヒアリングしたり、データを分析してそれらをバージョンアップさせて実装していきました。且つそのバランスを、その時代と場所によってローカライズさせるように設計しました。

梅中さんは、普段データをしっかりと分析されて反映しているのでしょうか。

好んでするというよりは、データは判断の指標になるからです。証拠になるといいますか。

旅をしながら働く実験をしていた時に、「アフリカに行って何のインプットがあるんだ。」と言われたことがあって、そこで旅をしている状態だとクリエイティビティが上がっているということを示すために自分のワークを分類したんです。

まずルーティンワークとクリエイティブワーク。その次にいる場所。移動中なのか、ヘッドオフィスにいるのか自宅にいるのか、みたいなことを分類して数値化して「ほら、旅しているときの方がクリエイティブワークが増えているでしょ。」って言わないと手っ取り早く理解してもらえなかった。

被験者n=1ですけど、そのデータを持っていてエビデンスとして語れるということは売り物にもなりますし、旅をする大義名分にもなるのでデータ分析にこだわっていました。

わかります。特に会社に勤めていると何かをこうしたいと言った時にどんな効果があるんだという説明のための比較対象が必要ですよね。

そうです。データは定量値として視覚化できますしね。

 

後編では働き方が変化した今だからこそ、あるべき組織デザインやリアルな場の価値について伺います。

後編に続く

 

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