【インタビュー】株式会社ポプラ社「オフィス移転プロジェクト ~コミュニケーションを活性化させる空間づくり~」
インタビュー
1947年に児童書専門の出版社として創業した株式会社ポプラ社。創業間もない頃から学校図書館向けの出版活動にも力をいれてきました。2000年以降は出版の対象を一般にも拡大し、現在に至ります。代表作には「ズッコケ三人組」や「かいけつゾロリ」、「おしりたんてい」シリーズ等の人気児童書や、『ねずみくんのチョッキ』に始まる「ねずみくんの絵本」シリーズ、子ども向けのオンリーワン百科事典『総合百科事典ポプラディア第三版』、2018年に本屋大賞を受賞した『かがみの孤城』等があります。
今回は2024年2月に行った同社の本社及び一部グループ会社のオフィス移転について、管理本部副本部長 兼 総務人事ユニット ユニット長の岩間康仁様、管理本部情報システムユニット ユニット長の幸喜聖志様にインタビューを行いました。
目次
働き方の変化に対応するために実施したオフィス移転
本日はよろしくお願いいたします。早速ですが、移転のきっかけについて教えていただけますか。
岩間 順を追ってご説明すると2018年に四谷大京町から麴町への本社移転、その後コロナを経て2024年2月にここ目黒に移転しました。
2018年の移転前は自社で所有するオフィスだったのですが、設備の老朽化が進んでいたこと、また地震などの災害リスクの観点から安心・安全なテナントオフィスに移ろうということから、オフィス移転を行いました。
当時は都内のオフィス空室率が2%程度と物件が少なく、5フロアあった自社ビルからワンフロアへの移行を目指しましたが、なかなか空室が見つからずに2フロア借りる形でオフィスを移転。そんな中でも当時の働き方に合わせて、顕在化している課題などを解決できるようなオフィス設計を行いました。
ところが2020年になるとコロナをきっかけに社員の働き方が激変。リモートワークが前提になるにもかかわらず資料の殆どが本社にある状態や、オンラインワークが普及する中でオフィスでは音のコントロールが必要になってくるなど、働き方と設備の面で不具合が出てきました。
ちょうどそのタイミングでテナントの契約更新の時期が来たことで、今回の移転プロジェクトがスタートしたという流れです。
具体的に、出社比率はどの程度変化しましたか?
岩間 コロナ前は出社率100パーセントでしたが、コロナ禍では感染状況に合わせて在宅と出社の比率を決めていました。ただし、それに伴いコミュニケーション不足が顕在化してきたため、在宅でできるものとオフィスだからこそできるものとの区別にフォーカスを当てて、デザインを考え直しました。
例えば、本を作る過程で印刷された状態の色を確認する「色校正」があるのですが、これはオンラインだけでは確認できないので、広いスペースで編集者が実際の色味を見ながら確認しなければなりません。この作業はオフィスの方が圧倒的に効率が良いのでオフィスでやる、文字だけを確認する「文字校正」はオンラインでもできる等の区分けが出てきたと思います。
出版社ならではの課題も多そうですね。最終的にこの目黒オフィスに着地した決定要因は何だったのでしょうか。
岩間 探している条件にうまく合致したということです。ワンフロアで広さも十分にありましたし、通勤の面では旧オフィスと比較して、社員の通勤時間の変動が平均30分以内に収まるエリアということで目黒が候補としてあがりました。
あとは環境面でこの周辺は出版関係の会社が多いということと、災害のリスク面では地盤が固く、目黒MARCビルは電気が通らなくなっても自前で何日間かは持つということだったので、働く上で安全性が確保されていたということでここに決まりました。
プロジェクトメンバーの選定はどのように行いましたか。
岩間 管理本部のメンバー中心にまずコアメンバーを決定しました。賃貸契約の期限の関係であまり時間もなかったので、前回の移転を経験したメンバーが入ってスピーディーに進めました。それ以外は各本部長に依頼して、発信力、発言力のあるメンバーにサポートメンバーとして参加を募り、コアメンバーとサポートメンバー間でやり取りをしながら進めました。
私はプロジェクトマネージャーで実務の責任者として、幸喜は情報システムの担当者として、私の見えている領域と幸喜の見えている領域が異なっているという点も活かしました。
幸喜 岩間はどちらかというと営業や管理部門の目線を持っていて、私は業務経験から編集者側の目線に立てるというところがありました。またITを担当しているので、その目線でこれを導入するときにどんな効果、エラーが出るのかを日々イメージして、岩間にない目線でお互い補うような形で進めていきました。
旧オフィスでの課題解決と、コミュニケーションの活性化を図ったレイアウト計画
新オフィスで解決したかった課題や、実現させたかったことを教えていただけますか。
岩間 コミュニケーションを活発にしたかったというのが一番解決したかった課題です。旧オフィスは2フロアに分かれていたことで、コミュニケーションの断絶が結構明解でした。別のフロアでは誰が何をしているのかわからないという状況でした。
また属性の違いに適した環境にしたかったというところがあります。リモートワークが行われる中で、出社して何をするのかというところが大事になってくると思うのですが、出社した方がいい仕事を、より効率よくできるオフィスにしようということで、集中して作業するエリアや、1人または少人数でWEBミーティングができるブースを作りました。ほかにも、印刷物を切ったり貼ったりすることが多いので、利便性の高い作業台を用意。社員間で身長差などがあるので、備え付けではない上下可動式の作業台となっています。
また、旧オフィスにあったエントランスのポプラ社の歴史に沿った本や新刊、話題の本やグッズなどを置くエリアは、展示をきっかけにしてお客様とのコミュニケーションが活発になっていたので、そのような良かった点は踏襲しています。
今回コンペという形でしたが、その際に御社から提示いただいた与件がかなりしっかりしていたとお聞きしています。
幸喜 コンペにあたって、旧オフィスで小さいながら出ていた不満をまとめました。
例えば荷物がいろんなところに分散してしまうところや、作業台も当時はコミュニケーションを増やす目的で人の動線上に置いてみたのですが、実際の作業者の意見では、使いづらくて作業効率が悪いという課題がありました。
弊社は出版社なので本が出来上がるまでに何回も校正刷りを重ねるのですが、その校正刷りを置く場所が確立されていないというところも課題でした。そこで改めて意見をまとめ、改稿がどれくらいのサイクルで回っているのかをアバウトながら計算したうえで、棚数を確保しています。
営業電話やウェブ会議をしたいというときに、オフィスだと声を大きくする環境がなかなか見出せないといったことから、WEBミーティングのブースを設置。
集中できる環境が前のオフィスは結構ばらばらに点在していたので、当社ならではのABWの考え方を取り入れて、集中するべき場所はきちんと確保して、そこに配置されたものをみんなが有効活用できるようするといった要望を今回出させていただきました。
このように旧オフィスでの課題がたくさんあったので、今回のような盛りだくさんの与件になりました。
では、上記課題の解決以外で新たに取り入れたものなどありますか。
岩間 一つは動線の整理です。たとえば旧オフィスでは会議室が点在していて、会議室の取り合いなどもありました。そこで、会議室の適正な大きさの整備と配置に工夫をして、エントランス近辺のところに集中して配置することで効率よく使えるようにしています。
また社員の執務に使う動線、荷物が入ってくる動線をそれぞれ考えて整理してレイアウトに落とし込んでいます。
幸喜 校正のために一定期間保管する校正紙などが特にそうなのですが、場所を定めてそのテリトリーの中でサイクルを踏まないと、置き場所が属人化していき、その人が捨てない限りどんどん増えていくという課題がありました。
個人裁量のスペースは一つ前のテナントに入った時もかなり減らしたのですが、それでもまだ個人のテリトリーが結構あって、それがダメとは言わないのですが、結果的にきちんと運用しきれていませんでした。
今回はきっちり整備したオフィスで、「ワンフロアにして働こう」という決意のもとでやっているので、社員にはもう一段の努力をしてもらって荷物を削減し、集約できるものは集約させました。それによって生まれたスペースで校正紙置き場を作っています。
社員に寄り添ってプロジェクトを推進
個人で持っていた余白の部分を減らすことで生まれたスペースを、上手く運用するということですね。
恐らく社員にとっては、移転に伴いメリット・デメリットがあったかと思うのですが、そのデメリットに対してどのようなアプローチをされましたか。
岩間 例えば「ワンフロアになることによってこういうメリットが生まれます。そのためにこういう活用をしてもらいたいと考えています。」、「この機能を取り入れることによって個人に割り当てられている空間は減りますが、社員のみんなが働きやすい空間を作るためなので協力してください。」という形で訴え続けました。
幸喜 全社向けの移転説明会を2回行い、アーカイブでも見られるようにして、なるべく情報をポータルサイトに集約しました。
岩間 なんでこうしているのか、っていう意図をちゃんと伝えれば理解してもらえると信じて丁寧に説明したつもりではあります。
とても多くの社内の意見をまとめていらっしゃると思うのですが、日頃から収集されていたのですか。
岩間 我々の部門が総務人事であり情報システムということもあり、「〇〇してください。」というのは常日頃言われていて、皆が何を不便に思っているのかをある程度把握していたので、それらをまず解決すべき課題としてあげました。
幸喜 あと実際に社内アンケートを取って、社員が今感じていることを集められたことと、サポートメンバーが非常にコミットしてくれて、各部ででてきたコメントをきちんと情報共有してくれたおかげで色々と意見合わせができて、そこがとてもよかったです。
岩間 ちゃんと丁寧にコミュニケーションを取らないとハレーションが起きますし、円滑な移転計画ができなくなってしまうので、そこは本当に意識して発信しました。
何かをやってくださいと言われたときに、なんでやるのかがクリアか、そうでないかでは実際のアクションがかなり違うと思うので、そこは「こういう理由があって、こうしないといけないので、これをしてください。」という形で納得してもらえるように意識して行いました。
幸喜 アイリスチトセさんに決めた段階、まだ修正が効く段階でアンケートを行っているので、プロジェクトメンバーで勝手に決めたというのは殆どなかったと思います。
社員側の立場からしても、ある程度自分たちの要望をお伝えしているので、それが何かしらの形になっているという認識があるということですね。
岩間 その認識があるかないかって結構大きい違いだと思います。
ポプラ社ならではの課題やそれに対する対処法などはありますか?
岩間 紙媒体がたくさんあるので、その運用が課題としてありました。
そういった意味でも校正紙専用の棚を設置したのは大きいですね。あとは旧オフィスでは資料原本という刊行物を保管する大きな本棚をオフィスの中に構えていたのですが、今回の移転を機に弊社で持っている物流倉庫に機能移管しました。原本が必要な際は、そちらにいるメンバーにPDF化を依頼して、共有してもらうようにしています。
本社オフィスになければいけないものと、外の場所でいいものも再整理をしました。直近刊行され使用頻度の高い本は目黒オフィスに置き、そうでない本は物流倉庫内書架に、完全に取っておかなければならない原本は管理の行き届いた外部倉庫に置くというように、本の保管のやり方も属性によって変えました。
使用頻度、属性ごとに整理することで、課題にあった紙の量をコンパクトにまとめられたのですね。
実際に移転して社員の反応はいかがでしょうか。
岩間 コミュニケーションの活性化は期待以上に実現できているのではないかと感じます。同じフロアに全社員が集まったことによって会話の機会が増えたので、これはやはり移転の大きな成果だったと思います。
あとは動線の整理、機能の再配置に関しても、使いやすいという意見をもらっています。
幸喜 受付は以前のオフィスの方が広かったのですが、こちらの方が1か所にまとまっているので見やすいという声を多くききます。また、ご来訪いただいたお客様からは、エントランスの壁の棚も見やすくて、ポプラ社らしいと仰っていただけるお客様も多いです。
人の感情に働きかける仕事だからこそ、大切にしたいコミュニケーション
では最後の質問です。
御社として、働く価値の向上の為に取り組んでいることや、今後の展望などございますか。
岩間 今回のオフィス移転を機に、コミュニケーションが希薄になってきたという課題に対して取り組んだことで、そこはある程度解消しつつありますが、更なる解決に向けて何かできることがあれば継続して取り組んでいきたいと思っています。
我々は出版社・コンテンツメーカーとして、人の感情に働きかけるお仕事をさせていただいていて、それはやはり人と人との交流の中から生まれてくるものだと思っています。
そのためにも活気あるコミュニケーションができる環境を整えるというのは、今後もやっていかなければならないなと思います。
人の感情を動かすコンテンツを創り出す会社だからこそ、そういった交流も大事にして、人と人との関りを大切にする。すごく感銘を受けました。
幸喜 コロナ渦の2年間は、メンバーが同じコンテンツを見ながら話すという機会をなかなか持てなかったので、モノづくりの現場からしてかなりストレスだったのではないかと思っています。
今はグループアドレスで席は決まってないという中で、みんなで本を見ながら会話をしたり、途中のデザインを見ながら先輩や同僚たちがランダムに声をかけたりといった光景は、オフィスの中で日々目にしますし、コミュニケーション活性化につながっていると思います。
そのようにして生まれた本がより多くのお客様に届いて、売上までしっかり繋がると、オフィス移転によって生産性が向上したと言えるようになるのではないかと思います。
そこは引き続き頑張っていかなければならないところだと思います。
岩間 コロナ禍で苦労していたのは、教育・育成の部分です。教えられる側も教える側もリモートだとやはり対面で得られる情報の数分の1程度しかなかったと思うのですが、場を整えたことによって先輩の働きぶりを見たり、日々何気ないコミュニケーションを取れたり、先輩から見て後輩に何か困ったことはないか気付きやすくなるなど、場があることの効果は大きいかなと思います。
幸喜 それとこれは弊社に限らずよく言われることですが、雑談しづらいというのはオンラインの最大のデメリットかなと。弊社は雑談から生まれるものってやはり多いので。
雑談からのアイデアがコンテンツになるというのはとても理解できます。
幸喜 他事業部の活動がオンラインで得られる情報しかなくなってしまうと、どういう協力ができるのかも思いつかないところがあるので、オフィスのワンフロア化とリアルでの接点が増えることによって、部門間の連携は自然と増えていくのではないかという期待があります。
岩間 期待であり取り組むべき課題ですね。
幸喜 弊社は出版社ということもあり以前は人との交流が盛んだったのですが、かなり少なくなっているというのは長くいる社員ほど感じていると思います。
世の中の環境が変化しているのでそうなることはある程度必然なのですが、やはりコロナ渦で一気に少なくなってしまったと思いますね。
在宅ワークの良さを知り、働き方の多様性が出てきている中で、オフィスではよりコミュニケーションをとりながら、つまりオンラインとオフラインのバランスを取りながら、ハイブリットにうまくやっていくというのが次の課題かなと思います。
生産性ばかりを追求するのではなく、本という、人の感情を動かすコンテンツを作っている会社だからこそ、人とのかかわり方を大切にして、交流がしやすいオフィスづくりを目指す。そんなポプラ社の想いを感じることができたインタビューでした。
本日はありがとうございました。