【インタビュー】建築エスノグラファー「リアルな場の価値を最大化させる空間づくりと、持続可能な組織デザインとは」(後編)
インタビュー
前編では、梅中 美緒さんの海外での取り組みや、シェアオフィスを利用するワーカーの変化についてお伺いしました。
後編では働き方が変化した今だからこそ、あるべき組織デザインやリアルな場の価値について伺います。
リアルな場の価値を最大化
2016年からワークスタイリングの空間ディレクターをされていて、東京ミッドタウン八重洲はコロナ後初の旗艦拠点と伺いました。先ほど調査をしていく中で変化に気付いたというお話がありましたが、具体的にこの拠点を作る時に何を意識して作られましたか?
ここのコンセプトは「リアルな場の価値を最大化させたアフターコロナ時代のワークスタイリング」です。コロナになってリモートワークが全盛になり、誰もが場所から解放された働き方ができる状態になったけれど、その反面、メンタルヘルスの課題も増えましたし、会社に対してエンゲージメントが下がってしまったという人も増えました。
徐々に出社制限は解除されて以前のように働けるようになってきてはいますが、そうはいっても出社率は以前のように100%には戻らないと思っています。
そんな中で実際の場としてシェアオフィスをつくりますよってなったときに、リアルな場の価値はなにかをつきつめるべきだと考えて、テーマにしました。
リアルな場をテーマにするとは具体的にどんなことでしょうか。
皆さんはリアルでするのはどんな時ですか。
何気ない雑談やコミュニケーションをとる、チームでブレストしたい時などでしょうか。
そうですね。はじめましての場だとか、人を紹介するとか、あとはセレンディピティっていう言葉が流行りましたけど、偶発的な他者との出会いとか知らなかったものに出会うとか、あとは五感のようなものもリアルでないと感じることができないですよね。
香りを感じるとか、今日疲れているなっていう顔色とか、声のトーンが低いよね、みたいな五感で感じる要素。あとは同じ釜の飯を食べるみたいなのもリアル特有の行動です。他にチームでブラッシュアップしたり、一緒に足並み揃えて物事をディベロップしていったりするときですね。
そういう時に必要な場はなにかを考え、空間にインストールしたという感じです。
リアルな場で得られるものが最大化できるように考えてつくられたのですね。
そうです。
コロナが何を生み出してしまったのかを考えた時に、情報格差とか能力格差、企業格差など様々な格差と分断が生まれてしまいました。
それを解決するために、それぞれの格差と分断に対してどんなエモーションで働いてもらうかを定義し、空間デザインをそれらのエモーションベースで落とし込んでいます。
例えば想像もしなかったことに出会うとかですね。そういう意味でエントランスに大きな樹木アートを置いてみたりとか、スイッチできるようにゲートを組んでみたりとか。
ものを作る側としては一目でわかる機能の付与とか、なんでも数値化とかしがちですけど、エモーションを大事にするとは、とても新鮮な感覚です。
そうですね。そういった価値にフォーカスしないならリアルの場である必要もなく、メタバースでやればいいって話になってしまいますからね。
オンラインでは現れない余白、フレームアウトしてしまう文脈といったようなものを感じてもらえないと、リアルなものの意味がなくなってしまうと思います。
おっしゃる通りですね。
コロナ前までは仕事とプライベートがきっちり分かれていた人が多かったと思うのですが、今は「暮らすと働く」、「オンとオフ」の境が曖昧になってきていると感じています。
改めて働くと暮らす、働く場は今後どのように変化していくと思いますか。
2017年頃にワークライフバランスという言葉が急激に浸透し出して、その後ワークアズライフに変化していき、2020年頃はワークライフミックスに変化していったんですよね。ですが私は、ワークとライフの二項対立にすること自体に今は疑問を感じています。
例えば、最近病院のプロジェクトとかもやっているんですが、健康であるというのは自分の身体的なことなので「暮らす」に分類されるのか。でも今ではウェルビーイングなどの概念もオフィスにおいて軸となる考え方であるので「働く」なのか。
あと1番わかりにくいのは「学ぶ」です。アクティビティとしての学びはワークなのかライフなのか、どっちか分からないじゃないですか。夫が最近「馬の世界史」っていう本を読んでいますが、彼の仕事において何の役にも立たない、ライフの中における純粋な学びです。
一方で私が文化人類学者のウェビナーに参加していたら、ワークの中の学びですよね。
結局のところ「どっちでもいいじゃん」ってなっていくから、ワークとライフの2つに分ける必要性がないのだと思います。
私は昨年会社を辞めてフリーランスになったので、この1年は究極にライフとワークが混同しているんですよね。
会社員だったころからアドレスホッパーとして日本中を転々としながら働いていて、今日は鎌倉から東京に来て荒川区に帰宅して、明日は宇都宮へ。それ自体も旅行ですかと聞かれたら、たぶん旅行ではない。私としてもエスノグラファーとして場所を転々とすることがトレーニングみたいなところもあって、色んな街に入り込んでそこでしばらく暮らしてみて、そうすると出会った人や会話した人に擬態ができるようになる。
次のプロジェクトの時にあそこのあの人ならどう思うだろう、というよう引き出しを増やすんです。なので旅行かと聞かれたら一見旅行のようで、仕事の延長線上でしかない。
持続可能な組織とオフィスのデザインとは
私たちのオフィス家具やオフィス空間の設計は働くと暮らすを分けて、どうしても働く前提で思考しますが、家で仕事をするように、オフィスにもワークではない要素が入ってきてもいいのかもしれないですね。
あると思いますね。逆に働かないためにオフィスに行くみたいなことも全然出てくると思います。友達に会うみたいな感じで。
更には私用でオフィスを利用できることが福利厚生になったりして。
これからの若い世代の人材に選ばれる企業になるには許容度というか、空間や組織の制度も含めて柔軟にしていかないと、たぶん選ばれなくなってしまうと思います。
前職で15~20人くらいの部署にいて新卒採用試験を作るなど採用活動を担当していたのですが、永久就職というか、その人が会社で一生働き続ける前提で採用するのがおかしいなと途中から思うようになってきて。
担当してから最初の頃は、自分でも「この人すぐ辞めちゃうんじゃないか」とか「5年後きっといないよね」ってどこかで思いながら審査していたんです。
そのことにある時ふと気づいて、ぞっとしてしまった。そんな思考回路の組織がこれからの時代に選ばれるわけがないとやっと気づいたんです。
組織論みたいな話ですが、スペシャリティのようなものを身につけたら、企業の外に出てゆるくつながればいいと思っていて、そうやって徐々に組織の外壁を、鉄壁だった要塞から柔らかくてぐずぐずな外皮にシフトできるかが重要かなと。
ぐずぐずにしたら壊れるからと、余計にセキュリティを高めて壁を頑丈につくっている企業もありますが、組織としての真ん中にあるマントルみたいなもの、例えば強いビジョンがあったり、カリスマ社長がいるなどでもいいですけど、そうすれば壁をぐずぐずにしても引力が働いているはずなので、中にいる人、外へ出て行った人、新しく近づいてくる人と共感してさえいれば、ゆるく繋がった状態を保てるのではないかと思っています。
辞める当日に退職メールを打ってサヨナラしてしまう人がいましたが、すごく違和感がありましたし、悲しいなと思っていました。
私は退職した今でも7割くらいは古巣のパートナーとしてお仕事をしていますし、それ以外の時間は絵を描いたり全然違う仕事をしたりとか、小説みたいな文章を書かせてもらったりとか。そういうクリエーションに時間を積極的に使ってアウトプット力を磨いています。
これから日本は人口減少していく一方でもあるので、人が抜けた穴を次の誰かが補完するみたいなやり方では、追いつかなくなっていく。
そういうゆるやかな組織にしていく前提でオフィスをつくらないと、若い人は興味を持ってくれないし、持続的な発展は難しいと思います。
ありがとうございます。
そういった意味でも、シェアオフィスのような場所が求められているのかも知れませんね。
これからは会社と社員が主従関係ではなく、イコールパートナーとなってくると思っています。
会社は個人や社員に対してエンパワーメントする力を与えてあげるし、個人はその組織やチームに対してエンゲージメントするというゆるい関係性を持っているような状態です。
それらの良好な関係性を支えるために、サードプレイス的なオフラインの働く場が必要だと思っています。
そこでは、社員は組織の枠にとらわれずに自分のキャリアを描けたり、能動的に働ける環境や組織を超えたつながりを提供するべきだと思いますし、会社や企業に対してはビジネスチャンスを提供したり、企業価値を再認識して自社の強みを知れる、そんな場があるべきだと思います。
働き方に多様性が出てきた今だからこそ、企業は働き方やその方針を決めるだけでなく、組織のあり方やリアルな場の価値などを改めて定義して発展させなければいけない。今回のインタビューはそんな重要性に改めて気づかされた機会でした。
本日はありがとうございました。