【インタビュー】中山視覚福祉財団「移転をきっかけにコミュニケーションをデザイン」

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【インタビュー】中山視覚福祉財団「移転をきっかけにコミュニケーションをデザイン」

中山財団新社屋外観
所在地兵庫県神戸市
クライアント公益財団法人 中山視覚福祉財団
業種視覚障がい者の社会参加支援
完成年月2021年10月

兵庫県において視覚障がい者の社会参加に対する支援を行っている公益財団法人 中山視覚福祉財団様が、2021年10月に活動拠点を移転されました。
そこで今回、常務理事 松前篤志様に移転にまつわるお話を伺いました。

中山記念財団 松前様

※感染対策を行った上で取材を行っています。

移転のきっかけはスペース不足

早速ですが、移転されたきっかけを教えていただけますか?
視覚障がい者支援団体の活動が浸透したことにより、視覚障がい者の方々からの相談件数が増え、会館に来ていただいた方々の相談する場所が不足してきたことがきっかけです。

私たち公益財団法人 中山視覚福祉財団は、1995年に理事長の中山哲也(トラスコ中山株式会社 代表取締役社長)の「目の不自由な方々のお役に立ちたい。」という意思のもと始まりました。どこからも寄付や補助をいただかず、独自独歩をポリシーにトラスコ中山株式会社の配当を収入源として活動しています。
元々は全国でお役に立つ財団を作りたいと考えていましたが、当時は行政改革の中、思うように厚生省の審査が進まず、国から認可がなかなか下りませんでした。
しかし阪神淡路大震災が起きたあと、当時芦屋に住んでいた理事長の中山のもとに神戸の方が困っているという情報が入りました。
そこで兵庫県に打診したところ是非立ち上げて欲しいということで、約2年後の1997年10月に認可を受けたことが財団の始まりです。
はじめは神戸市東灘区のマンションの一室を借りて事務所として活動が始まりました。当初は、ボランティア活動団体等に助成金の供与から始めましたが、ボランティア団体の活動する拠点が不足していたことから、活動する拠点を借り提供しておりました。しかし、徐々にスペースが足りなくなり、その後、2007年に購入し活動していた旧会館も手狭になってきたことが今回の移転のきっかけです。

移転のきっかけが手狭になってきたということですが、入居されている各団体は規模が大きくなりつつあるのでしょうか?

そうですね。昔に比べるとだいぶ大きくなってきているように感じます。

旧会館から入居いただいている視覚障がい者支援団体が、視覚障がい者の相談事業を行っており、今年でその活動も22年目になりますが、活動開始当初は年間約500件だった相談件数も昨年には年間約4,000件を超えるようになりました。

相談に対応するために職員の数も増やすことでスペースが足りなくなり、今から約10~11年前に前任の常務理事が理事長の中山に新しい建物を探すか、新しい土地に建てるかのどちらかをしたいという話をしました。
そこから色々と探して最終的に神戸市の土地であるここに2018年3月に入札に参加し、6月に正式に購入が決まりました。

将来の活動を見越した空間設計・レイアウト

中山記念財団 活動室

今回の移転で旧会館とは違った取り組みはされていますか?

朗読のボランティア活動をされている団体は部屋を持たずに月1回ほどの集まりで活動されていましたが、こちらからの要望で対面朗読や朗読を録音して貸し出すような活動をしてもらいたいということで録音室を2つ作りました。

そして、旧会館に入居されていなかった盲導犬に関する支援をされている団体様に新たに入居いただきました。
年々盲導犬の数が減ってきていまして、育てることも大切ですが、ユーザーさんを探すことも大切です。盲導犬を増やしたり、訓練したりする必要があるので、活動の拠点は兵庫県の押部谷町という少し田舎にありますが、やはり街中で盲導犬ユーザーさんを獲得してほしいと考えています。
そうした活動をしていただきたいという想いから入居いただきました。

また、視覚に障がいがある方が耳も悪くなってしまったり、逆に聴覚に障がいがある方が目も悪くなってしまったりというパターンがあります。視覚と聴覚に障がいがある方を盲ろう者というのですが、盲ろう者の方々の活動も活発化しているので、そういった団体にも今回入居いただきました。
将来的にもお互いの交流があった方がいいのではという考えです。

※上記の写真は、盲導犬がガラスを障害物として見逃さないように盲導犬の目線に合わせた位置に柄が入っています。

将来的にもっと規模が大ききなることも想定して作られたということですね。

そうですね。将来的に活動がもっと認知され、浸透していくとスペースが足りなくなる可能性がありますので、現在は4階を活動室としていますが、将来の拡張スペースとして確保しています。

公益財団法人なので、区分をきちんとしなければなりません。
なので、半分は公益財団法人で活動しつつ、将来的な活動スペースの方は法人として持っています。

現在の各団体の部屋も旧会館と比べると随分と広くなり、スペースに余裕を持って活動ができているので、将来的に職員が増えても対応できるようにしています。

入居団体の方々から引っ越しの際に意見や相談はありましたか?
そこについては、どのくらいのスペースが必要なのか最初にヒアリングを行いました。

この部屋は大きくして欲しい、この部屋は小さくして欲しい等の要望を聞きながら平米数を決めていきました。
なので、引っ越しについては順調にできたのではないかと思います。

コミュニケーションを生むコモンスペース

中山記念財団 2階ロービジョン
今回の移転によって建物の真ん中にコモン(共同)スペースができ、それを取り巻くように各団体の事務所が配置されるレイアウトとなっています。
従来は団体ごとに独立して活動していたと思いますが、団体同士の新たなコミュニケーションは生まれましたでしょうか?

まず2階中央にある「ロービジョンエリア」については、旧会館の中にあったロービジョンルームが大きくなったものなので、そういったコミュニケーションはまだないですね。

※ロービジョンとは、何らかの原因で視覚に障がいがあり「見えにくい」「まぶしい」「見える範囲が狭い」など、日常生活に不自由さがある状態。
※ロービジョンエリアでは、そういった方々に対する相談支援を行っています。
中山記念財団 サテライトオフィス
3階にある「サテライトスペース」については、事務所として部屋は必要ないけれど活動する場所が欲しいという団体さんが何団体かいるので、使っていただいています。
例えば、視覚障がい者のウォーキング、ジョギング、ランニング活動を支援する団体については、活動の特性上外での活動がメインになりますが、会報を作ったり、打ち合わせをしたりするための場所が必要だということで活用いただいています。
これまでは空いている日にちに場所を借りてやっていましたが、今は共同フロアなので好きな時間にここに来て活動ができます。
これを知った別の団体からも同じように使いたいという希望をいただいています。
まだここに移転したばかりなので、はっきりと取り組めているわけではありませんが、将来的には事務所を構えている周りの団体との集まりも行いたいですし、やっていけるのではないかと期待を持っています。
まだ引っ越しをして1か月ちょっとなので、これからというところですね。
ある団体は月に1回のペースでランチの会という取り組みをしていて、みんなでお昼ご飯を作って食べるということをやっているので、その他の周りの団体から「あの部屋からいい匂いがしたね~。」なんて話は出ていました。
そんな声が上がっていたことを主催している団体にお伝えしたところ、今度は共同スペースで一緒に食事が出来たらいいですねという話にもなりました。
しっかりと感染症対策に気をつけながらも、こうした交流も増やしていくことができればと考えています。
中山記念財団 松前様

※感染対策を行った上で取材を行っています。

空間や香りから始まるコミュニケーションということですね。

今はまだ香りだけですけけどね…!(笑)

事務所が隣と言うこともあり、今まで活動していなかった団体と声を掛け合っている様子も見受けられます。財団の事務所が1階なので、まだまだ把握し切れていない部分もありますが、そういった交流は少しずつ増えてきたかなと感じています。

一か所に集まれる場所があれば、そこからコミュニケーションが生まれる。企業のオフィスでも言えることですね。

そうですね。
言ってみれば理事長に場所は作ってもらったので、その中で私たちが工夫をして運営していかないといけないと感じています。
まだ移転してから日が浅く、バタバタしている部分もあるのでまだ企画はできていませんが、各団体同士でコミュニケーションが取れるような企画をやっていきたいと考えています。

オフィスとの共存

中山財団 記念会館看板

支援団体同士の交流もそうですが、5階に入っているトラスコ中山株式会社の社員の皆様も会社のトップが作った財団で何をやっているのかを知っていただける機会になるので、こうした環境は良かったと感じています。

どういった部分でよかったと感じられたのでしょうか?

視覚に障がいのある方と関わる機会がないと、わからないことも多くあると思います。
その為、何か困っていそうだと感じていてもどのように声をかければいいのかわからず、声をかけること自体に少しハードルが高いと感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか?私自身もここに来るまではそうでした。
ですが、視覚に障がいがある方々と関わるようになって変わってきました。
こうして垣根が少し低くなって、「こんな時にはお手伝いが必要なんだな…。」ということをどんどん知っていっていただけると嬉しいと考えています。
この会館で働くことによって、特別社長がこうしなさい、ああしなさいと指示をしなくとも、自然と社員の方々が意図を理解されているように感じます。そういった意味でオフィスが入っていて良かったと思います。
おっしゃる通り、実際に関わる機会がないとなかなかわからない部分がたくさんあります。
こうした環境に身を置くことによって「気付き」が生まれる。これもまたここにオフィスを置かれている意味なのですね。
障がい者の方が困っていそうだな…と思ったら声をかけてねという「声かけ運動」というものがあります。言葉では声を掛けましょうと言っていますが、やはり声のかけ方がわからない。
私自身もまだはっきりと掴めているわけではないですが、こうした環境に身を置いていることによって「あ、いまここにいるということはこうやって声をかけてあげた方がよさそうだな…。」と、そういったことがわかるようになってきます。
ここでの経験がこの建物を出た外で、例えば駅のホームなんかでも声を掛けられるように変わって来るのではないでしょうか。

視覚障がい者が活動する施設としての配慮

中山記念財団 視覚障がい者用トイレ表記

※トイレ表記についても視覚障がい者の見え方に配慮したカラーを使用しています。

今回の移転に際して配慮として必要だったことや外せなかったことなどポイントがありましたら教えていただけないでしょうか?
各団体にヒアリングをしてみるとたくさん要望が出てきましたが、まずは必要最低限な配慮から始めました。

何かを追加して取り付けることは、お金さえあれば付けられます。
ですが、取り外すとなると「あったものがなくなる」ことによって困る人も出てきてしまうため、必要最低限から始めました。
併せて、例えばトイレの音声アナウンスも、たまに人が来るような施設であれば特に問題はないかもしれませんが、オフィスビルでトイレに誰かが行くたびに音声が鳴ると、「あ、この人いまからトイレに行くんだな…。」ということが筒抜けになってしまいます。そうした部分への配慮も含めて、現状は必要最低限にしています。
配慮している点としては、廊下には点字ブロックがあり、そこで歩行訓練も行うので「通路にモノを置かないこと」をルールとしています。
荷物もそうですが、消火器も障害物になるので消火器もすべて壁や家具に埋め込むようにしています。

現状はこのルールで上手くいっていると感じています。

中山記念財団 視覚障がい者用トイレ表記2
中山記念財団 消火器
過度な設備ではなく、必要最低限から始めるなかで普通のオフィスのように、プライバシーを守りつつ皆さんが日常通りに活動できるように意識されたということですね。

障がい者も健常者もお互いに尊重し合ってできたのが、この建物かなと思います。だからこそ、先ほどおっしゃったように「普通のオフィス」みたいになっていると思います。

この近くに視覚障がい者のための病院や相談を受けている施設があるのですが、階段もありますし視覚障がいの方からすると少し歩きづらいのですが、あえてそうしているそうです。
普通の生活の中で階段がないところは殆どありません。残念ながら世の中には「不便」がたくさんあります。
なので、そうした世の中の「不便」に対応する為に訓練をして欲しいという考えがあるそうです。
私どもも、そこまで世の中の「不便」を再現はしないものの、最低限の設備でスタートすることで訓練も兼ね備えた施設になるようにしています。

新たな一歩

中山記念財団 エントランス1

今回の移転によって始められた新たな取り組みはありますか?
まだ移転してから約1か月というところなので、まだ新たな取り組みはありませんが、やっていきたいこととしてはいくつかあります。

まずは視覚障がい者、盲ろう者みんなが集まりやすい環境づくりです。
そして、この街中でこうした活動をしていることを皆さんにもっと知って欲しいですね。
障がい者の方とそうでない方の垣根を低くしたいので、そういった交流イベントを今後は企画したいと考えています。
もうひとつは、この施設内での雇用の創出です。
先日、喫茶部をスタートさせました。
中山記念財団 喫茶部

現状はボランティアの方だけで視覚障がい者の方は働いていませんが、こういった形で視覚障がい者の方の就労の場を設けていく、働く場をこの建物の中でも作っていきたいと考えています。

こうした形でボランティアさんが始めてくれたので、これからどんどん視覚障がい者の方が集まってきてここで仕事をしてくれたらいいなと思います。
この会館の清掃活動なども視覚障がい者の方にお願いするなど、様々な形でもっともっと取り組んでいきたいと思っています。

最後に、今いるエントランス(レセプションホール)も含め、壁や間仕切りにガラスを多用していますが、何か意図があるのでしょうか?
これは「開放的な施設にしたい」という理事長の強い意志が反映されています。

中山記念財団 エントランス

各フロアのエレベーターを下りると間仕切りがガラスなので各団体がよく見えて、「ああいった活動をしているんだな。」とわかるようにしたいという思いもありました。

1階については、地域の皆さんがこの建物の前を通るときに「何をしているんだろう」といった様子で覗き込んでいる姿をよく見かけます。
そうすると何をやっているのか入口にある看板を見に行っていただけるのでそういった意味ではよかったなと思います。
今後は、この1階のカフェにも外部の方も入っていただけるようにしたいですし、各団体に来られている障がい者の方が作ったものなどを展示していきたいと考えています。

視覚障がい者向けの施設という特性を持ちつつも、企業のオフィスも入っている中山記念会館についてお話を伺いました。お話の途中にもあったように、地域の方々にもどんな活動をしているのか知って欲しいという松前様の想いの通り、インタビュー中に外から施設内を覗き込んで看板を見に行く通行人の方々がとても印象的でした。

施設内で視覚障がい者支援団体同士のコミュニケーションが生まれ、そして施設外からも地域の方々と視覚障がい者の方々をつなぐコミュニケーションが生まれようとしている。
オフィスにとどまらず、中山記念会館が人と人を繋ぐ架け橋になる可能性を感じるお話でした。

本日はありがとうございました!

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