経済産業省のオフィス改装―「働き方改革」実装の基盤として―
インタビュー
令和3年度に経済産業省総合庁舎本館のオフィス改装が実施されました。
本館の大改修というプロジェクトについて、経済産業省 大臣官房 業務改革課 政策企画委員(インタビュー当時)中野真吾氏にお話を伺いました。
クライアント | 経済産業省 |
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オフィス改装を機に働き方改革を推進
早速ですが、本プロジェクトが計画・実施に至った経緯を教えていただけますか。
経済産業省は本館と別館があるのですが、それぞれ什器や設備が古くなっていました。
その中で、まずは実態把握からはじめてオフィスの改装に繋げていこうと議論したところが、このプロジェクトの始まりです。
実際には、3カ年をかけて、まずは本館について改装を進めてきました。1年目に現状を把握し、2年目にオフィス改装と働き方改革の方向性を検討、3年目に本館改装を実施する、という流れとなりました。
経緯としてはそもそも古いということもあったのですが、執務室の狭さや、各フロアのレイアウトが異なる、会議室が足りない、床の凹凸につまずいてしまうといった、職場環境への要望が多く寄せられていたことも改装計画を後押ししました。
職務環境を良くすること、職員の意見を反映させようということが発端となり、更には働き方を改善しようということがきっかけだったということですね。
そうですね、きっかけは経年劣化や省内からの要望ということではありましたが、やるからにはただのオフィス改装で終わらせず、働き方そのものの改革に繋げていかなければいけない、という強い問題意識に根差していたということですね。
職員の意見や要望はどのように汲み取っているのでしょうか。
経済産業省では、職員の皆さんの御要望やコメントを受け付ける投稿サイトを設けています。それも省内改革を進めていく中で3年ほど前に作られたものです。働き方や日々の業務の効率性を阻害する要因など多岐にわたって意見が寄せられていましたが、その中でも執務環境改善を求める声が大きかったというのもやはりポイントとなりました。
本プロジェクトで特に重視した・実現したかったポイントや、それに伴い什器や内装の選定等でこだわった点などございますか。
プロジェクトを進めていく中でコンセプトが固まっていったところもあったのですが、オフィス改装のコンセプトとしては5点を掲げています。
今回「METIグリッド」というレイアウトの基本となるエリア単位(3.2m×3.6m)と1グリッド内の配席(最大4名)を設定し採用することで、経産省のオフィスに合った形で効率的な空間利用を実現しました。併せて、フロアごとのオフィススペースを標準化し、会議室の偏在を解消させることなども目指しました。これにより空間利用を効率化できるのではないかと考えました。2点目は職員の生産性の向上です。
昨今、オフィスのコンセプトとして採用例が多いActivity Based Workingを、経産省でも実装していこうと考えました。フリーアドレスを積極的に導入すること、ペーパーレス化を進めていくことなどと併せて、業務の性質に応じて最適な場所を選べるオフィスを実現させることを目指しました。今いるような会議室やフルクローズ型のブース、集中して作業を行うためのエリアやコミュニティスペースなどを導入し、生産性の向上に繋げていこうということです。3点目がオフィスの柔軟性の確保です。
社会情勢が変わっていく中で経産省では、頻繁に組織改編が行われたり、チーム編成が変わったりします。
その中でもレイアウトを標準化していると柔軟に変更できますので、そういった点でも柔軟性の確保は重視しました。そして4点目として、コミュニケーションの活性化を目指しました。
これは、間仕切りを極力少なくして見通し・風通しの良いオフィスにする、その上で、偶発的コミュニケーションを増やすような運用をすることで、組織横断のコミュニケーションを活性化する。こういった環境の実現も狙いました。最後に5点目が職員の安心・安全の確保です。
とにかく改装前は通路が狭い、つまずく、資料が積み上がり何かの拍子に雪崩を起こすという実態があり、そういった点を解消することで、職員の安全・安心を確保することは重要な課題と考えていました。
また、4点目とも関連しますが、閉鎖的空間や背の高い間仕切りなどで心理的な圧迫感もありましたので、開放的なオフィスでこれを解消していこうと。
以上の5点をコンセプトとしてこの改装を進めてきました。
中でも、「オフィス改装」を「働き方の改革」にどう繋げていくか、ただの引越し、レイアウト変更ではなく、実際に「働き方」をどう変えていくか―今回の取組の重要なポイントとして、この点に我々は強くこだわりました。
折しもコロナ禍ということもあり、テレワークをより進めなければいけない、ペーパーレス化を進めなければいけない、という流れもあり、そういった要素をどう取り込むかですね。
あと新しい什器を入れることによって生産性をちゃんと上げられるか、という点はとても大事な視点としていました。
什器の選定では、入札を経てアイリスチトセさんのものを入れさせて頂いておりますけれども、キャスターが付いていて機動性が高いであるとか、大きさも、先ほど述べたMETIグリッドとも相まって、ちょっとした打合せをする際のスペースがちゃんと取れるようになっているなど、生産性の向上に繋がるものを導入することができて、非常によかったと思っています。
この他、こだわった点でいうとコストを抑えるというところです。
今までの役所の改装は別の場所にオフィスを一定期間借りて、その間に改装をするのが一般的だったと思うのですが、その間の賃料などは大きなコスト要因になっていまいした。
今回はそうではなく、ローリング方式と言って、1フロア改修し、改修を終えたら別のフロアから移転し、それによって空いたフロアを改修する、という形で順繰り行っています。このプロセスは工程管理や同時多発的な作業のフォローなどが非常に大変ですが、そうすることで工期も短縮でき、かかるコストも圧縮できるということで、大きな意義のあるものと思いますし、こうした新しい手法にチャレンジしていくことも我々は重要と感じています。
お話の中のMETIグリッドというものは当初の構想段階からあったのでしょうか。それとも構想を進めていく中で出てきたものでしょうか。
これは我々としては、なるだけ潤沢にスペースを使えるようにすることで効率を上げていきたいという想いが元々あったのですが、そこは専門性を有する委託事業者(注1)から質の高い知見を提供頂きながら、基本レイアウトを検討する中で、そのベースとなるものとして整理していったものです。
プロジェクト推進のための理解醸成
庁舎内の各課にプロジェクトの周知はどのようにされたのでしょうか?
また、それに伴い気を付けたこと、苦労された事などございましたら教えていただけますか。
省内の会議の場などで、我々の方からこの様な形で改装を行っていきますという旨を説明し、理解醸成を進めて参りました。
併せてそれぞれ改装を行う部局については、我々の方から足を運んで、丁寧に質問に全てお答えする形で理解を深めて頂くことに努めました。厳しい意見が寄せられることも多かったですが、ここは逃げずに、徹底しなければいけないと思っていた点です。
先程も申し上げましたが、「ただの引っ越し」と思われたくなかったので、「働き方の改革に繋げるんだ」「改装というものは頻繁にあるものではない、千載一遇のチャンスなのだ」ということを伝え、長きにわたって積りに積もまった非効率を一掃するつもりで実施するということを強調して説明していきました。
その観点から、文書を減らさなければいけないであるとか、アクティビティがどう変わるかというところを、委託事業者の知見と力も借りながら、連携して各局に説明しいくことで浸透を図っていきました。
苦労した点は多くて挙げればキリがないのですが、部局が多く、その全ての局に対してひとつずつ丁寧に説明することは相当骨の折れるプロセスではありました。
あとは私自身が2021年6月に着任しましたが、その時点では、既にある程度プロジェクトが進んでいて、ここから本格的に実行に移っていきますよというフェーズで託されることになったので、こういった経験や知識の無い状態で、自分が各局に説明をし、理解を得るということはとてもハードルの高いものでした。
また、御想像に難くないと思いますが、ポジティブな意見ばかりではなかったので、そこは懸念点に正面からつぶさに答えることと併せて、「如何に執務環境がよくなるか」を示しながらワクワク感・期待感に訴えて理解をしてもらうなどしつつ、浸透を図っていきました。
業務効率を上げるための改革の一つとしてペーパーレス化がありましたが、どういった基準をもって行われたのかなど教えていただけますか。
オフィス改装の関係でいうと積み上がったストックをどう解消させるのかということが一つのポイントでした。私たちの判断で破棄する書類の取捨選択はできませんし、それぞれの職員に自らやって頂く必要があったので、一つは「書類の8割を削減できなければ計画が実現しない」、「削減が不十分で書類が溢れるとこんなことになるよ」などと危機感に訴えかけて理解を得ることにしました。
他方で、実際に紙を減らそうとしたときの課題には最大限寄り添う必要があると考えていましたので、コンサルテーションもしっかりやっていて、定期的に「進捗どう?大丈夫?」と話を聞くなどしていました。
ただ、思った以上に「こういう機会じゃないと減らせられないよね」というマインドになっていただけたようで、当初想定していたより大幅に削減は進みました。
また、ストックだけでなく、フローのペーパーレスも進めなくてはならなくて、ただこの部分はオフィス改装としてではなく、経済産業省として働き方をどう変えていくかということだと思っているので、オフィス改装の対象部局に限らず、広くお願いする形で進めているところです。ここは恐らく機材やマニュアルなどが活きてくるところだと思うので、そういった面をこちらで手当てしながら進めています。
確かにペーパーなどの「モノ」があると働く場所が固定されてしまいますし、遠隔でのオンラインワークは勿論、フリーアドレス化にも弊害が生じるのではないでしょうか。
おっしゃる通りです。
紙のストックを減らすことで空間利用を効率化するとともに組織知に容易にアクセスできるようにしつつ、業務フローを改善することで、ABWやテレワークの推進といった働き方改革の実現に繋げていく、というのが基本的な考えです。
改修を機にフリーアドレス化がされて、一部は既に運用が始まっていますが、うまく機能していますでしょうか。
実は今回のオフィス改装の中では、フリーアドレスを義務化しているわけではなく、我々としては「強く推奨」することとしつつも、最後は各課室の判断でどうするかを決めて頂く、という整理にしています。
ただ、これもうれしい誤算なのですが、フリーアドレスの方が多数派になるような部局も出てきているので、ここは思った以上にメリットを理解してくれているのかなと手ごたえを感じています。
導入した課室ではポジティブな意見が非常に多くて、そもそもフリーアドレスで仕事をするので、机を毎回片づけるようになりオフィス全体がきれいに保たれているといったことや、ちょっとした打合せがしやすい、日によって一緒に仕事をするメンバーの近くに座れて便利、ペーパーレス化が劇的に進んだ、課長が課長席でないのでコミュニケーションが活性化した、という話も頂いていて、雰囲気、生産性共に改善する契機になっている、効果が上がっていると感じています。
ただ全ての職員の理解を得られているわけではもちろんないので、意見は引き続き両面ありますが、メリットを感じて頂けた方は当初想定していたより多いので、そうした人たちにも普及推進役になっていただき、浸透を図っていければと思っています。
ワークスタイルに多様性を
民間企業の多くはコロナを起点にオンラインワークを積極的に取り入れたり、それにより一か所に集まらなくてもできる仕事が劇的に増えたりしましたが、経済産業省においても同様でしょうか。
やはりコロナという要素はとても大きかったと思います。おっしゃるような状況は増えたと思いますし、それによって、オンラインで何かの説明を受けるといった概念すら無かった様な人たちが、ウェブ会議に自宅からオンラインで参加するといったような変化が起きています。
他方で、やはりどうしても対面を重視するカルチャーというのはあって、それを卒業していくというマインドにはなっていないと感じています。この辺りは試行錯誤が必要な課題だと感じています。
コロナ如何にかかわらず、テレワークをする機会がもっと増えると良いと思いますし、出社していてもオンラインで会議に参加するようなスタイルがもっと認められて欲しいなと思います。
ここは世代での認識の相違もあると思いますので、組織全体のマインドを変えていかなければならないと考えています。
慣れない中でも徐々に適応して下さる方もいらっしゃるので、そういった方々を取り上げるなどしながら引き続きプッシュしていきたいと考えています。
私たちも様々な企業様へ訪問しますが、同じく皆さま試行錯誤されていて、オンラインはメリットが多い反面、特にコミュニケーションへの課題や、対面でわかるちょっとした気づきなど、リアルの良さもあるのでこの辺りをどうハイブリッドで運用するかというフェーズにきているようです。
そうですね。まだ「完成形」が見出し切れていない世界だと感じています。
例えばIT企業の様に出社しなくても成り立っちゃったね、でも経営層側からするとある程度出社してもらわないと困る、でも出社するにしても同じ曜日に人を集めるのがいいのか、フレックスでいいのか悩ましい、など、ある種業態によって違うかもしれませんし、そこはこの瞬間それぞれの組織に突き付けられた課題なのだと思います。我々も御多分に漏れず答えを見出し切れていませんが、「働き方の柔軟性を高める」というのは方向性としては正しいと思っていますので、その様な取り組みを進めていきたいと考えています。
まさに改装プロジェクトがコロナ禍での実施となりましたが、コロナによって苦労した点などございますか。
プロジェクトマネジメントを行う委託事業者(注1)や、什器納入事業者である貴社のほか、工事事業者(注2)など多くの事業者さんと打合せをする必要のあるプロセスなので、できる限りオンラインを活用して進めましたが、図面を見ながらのやり取りなどはやりづらく、難しい面もありました。
他方で、アイリスチトセさん含めて各事業者さんにはその辺りは柔軟に対応して頂けましたし、オンライン会議で画面表示をしながらその場でレイアウト図に反映していくなど、対面でなくともうまく意思疎通しながら効率よく進められる方法があることも体感させていただきながら業務に当たらせていただいた感じでした。
オフィス改装がもたらしたメリットと、課題へのアプローチ
話は変わりますが、改装を終えたフロアで働く職員の反応はどうですか。
無論、両面からのコメントがありますが、ポジティブな評価が多い印象ですね。綺麗になった、スペースが広くなった、中にはオフィスに来るのが楽しくなった、といったコメントも上がってきています。決して言わせた訳ではないですよ(笑)。
特に、スペースが広く取れるようになったので打合せがしやすくなった、何か突発的な対応が生じた際に、柔軟にレイアウトや配席を変えて対応できた、という話はよく耳にします。また、フルクローズ型のブースを頻度高く活用しているという声もよくいただくところです。
スペースが広くなったというのはペーパーレスによって書庫関係が少なくなったからでしょうか。
それもありますがMETIグリッドの導入による効果が大きいですね、1グリッドで最大4人という配席を原則として整理した効果だと思います。
ただネガティブな意見もあって、幹部が多い部局は個室が全て幹部で埋まってしまい、クローズドの会議室が足りないであるとか、保秘管理を徹底しなければいけない部署などは逆にオープンだと困るといった意見です。この辺りは個別に相談させていただきながら、一緒に解決策を考えて形にしています。
当初想定していたもの、或いは運用していく中で新しく出てきた課題などがございましたら教えていただけますか。
今申し上げた会議室の件は、まさに課題ですね。この点に関しては、幹部の少ない部局の会議室は他局にオープンにしてね、といった形で柔軟性を高める運用にしようとしています。
また、フリーアドレスを導入する余地はまだあるので、そこはより一層促していくことも課題の一つですし、「改装しっぱなし」にならないようどう新しいオフィスをうまく活用していくかも重要な課題として既に出てきています。
ただ、これらの課題に関しては、部局ごとに業務効率改善のための有志チームを作ってもらっているので、その中で検討してもらうこととしています。その上で、業務改革課においても、それらのチームをしっかり機能させて綺麗なオフィスを維持できるようにサポートしています。
※感染対策を行った上で撮影しています。
最後に目指すべき働き方やビジョンがあれば是非お聞かせ願います。
正面から答える形ではないかもしれませんが、経済産業省がどういう組織でありたいかというのは2点ありまして、ひとつは社会の期待、要請に答えて挑戦を続ける組織、もうひとつは個々の職員の思い(成長したいであるとか自己実現したい)に寄り添う働き甲斐のある組織にしたい。この2点を柱にしています。
その意味でも経済産業省の組織力や個々の能力を最大限発揮できるような形にしていかなければいけなくて、それは働き方の観点からもそうですし、執務環境を整えるという観点からもそうです。そういった観点を常に持ちながら、不断に改善を重ねていくことが大事だと思っています。
組織の生産性というのはまだまだ改善の余地があって、それは民間企業でもそうですし、役所はより一層だと思います。一般論として、役所の生産性はとても低いと見られていると思うので、なればこそ「役所でもここまでやっている」「役所ですらここまでダイナミックに変わろうとしている」というメッセージは、日本社会にとっても何かしら大きなプラスになるのではないかと思っています。
各省庁も、業務改革について同じ悩みを抱えているお話をよく聞きますし、変えていきたいと思いを持っているのは同じです。具体的なアクションを取ろうとしたときに、我々の今やっている取組が活きてくればいいと思いますし、霞が関全体に波及していければと願っています。
行政機関の中で経済政策、産業政策などを推進する経済産業省。同省のオフィス改装、働き方改革について実務を担当されている中野氏にプロジェクトの詳細をお聞きすることができました。
他律性の高い勤務形態にならざるを得ない行政機関において、業務改革・働き方改革を推し進めることは容易ではありません。その中でも不断に改善に取り組もうとする経済産業省の強い意思を感じた、とても貴重な時間でした。
本日はありがとうございました。
(注1)委託事業者:明豊ファシリティワークス株式会社
(注2)工事事業者:株式会社大林組